2009年12月20日

みどりのかぜ 第222号

『 禁煙 』
第3病棟 O様


 五年程前の出来事です。あるスナックのカウンターで一人静かに飲んでおりました。暫くしてスマートな男性が隣の席に座られました。私も程々に酔いがまわりかけていたこともあり、気軽に声を掛けたところ笑顔で挨拶を頂きました。その後会話が弾みいつしかゴルフ談議で盛り上がっていました。(歌はプロ級です)
 数日後ゴルフを一緒にプレイする機会を得ました。プレイ中男性より「オーさん、息づかいが激しい」との指摘があり、「近いうち診てあげますからうちの病院に来て下さい」との話で初めて気づきました。男性はお医者さんだったのです。ビックリです。
 後日診察に伺いました。結果は「オーさん、タバコを止めて下さい、酸素ボンベ人間になりますよ」との忠告でした。しかし過去何度となく禁煙にチャレンジしましたが、ことごとく失敗でした。ここで「はい」と返事をしても、相当の覚悟がない限り無理と思いました。
 実は先生も愛煙家でした。私はその時全く理不尽なことを口にしたのです。「先生、健康を売る人がタバコを吸っていたのではインパクトがありません。先生が止めたら私も止めます」と、何とも他人まかせのことを言ってしまったのです。
 一ヵ月程過ぎたでしょうか。先生は禁煙の真只中でした。私には相当のプレッシャーでした。それから二ヵ月後、先生は見事禁煙に成功していました。私はそれから数ヵ月後の四月十八日(ハッキリと覚えております)の朝、突然禁煙を断行しました。
 理由はタバコを口にする度に止めようと思うことがいかに馬鹿げたことか、俺は意志が弱いのかと自問自答したのです。何でタバコ如きで病気になるのか、もっと自分を大切にしなければと結論付けました。すると意外に気が楽になったのを覚えております。
 また別のことも考えました。それは時間です。先生の忠告からいったい何日が過ぎたのか、あの時止めておけば今頃は楽になっていただろうと。またこんなことも考えました。この前の旅行からもう一年も過ぎているのか、早いもんだなあと。つまり、時間はあっという間に過ぎているのです。タバコを止める辛さは短時間なのだと。結局その日から禁煙を決行しました。
 それから四年半、今はもう完璧です。禁煙パイプ、禁煙タバコパッチといろいろ試しましたが全て失敗でした。今振り返ればそれは他力本願で無意味ということでした。禁煙は全て自分の意志だったのです。ご飯も美味しいし、酒もうまい、そしてお金もかからないといいことづくしです。
 たまには胸の検診を先生にお願いしております。息づかいは殆ど解消しました。先生との出会いは私にとって運命の出会いと思っております。とにかく先生には感謝の気持ちでいっぱいです。
 最後に先生が禁煙した本当の理由は何だったのか、そのうち聞いてみようと思っております。私の禁煙談議。皆さんはどう思いましたか。禁煙を考えている方、是非参考に…。
 今回仙台整形外科病院に入院しましたが、そろそろ退院も良しという話しもあります。入院に際しましては、主治医の先生をはじめ看護師の皆様、そして励ましを頂きました皆様に深くお礼申し上げます。
 ありがとうございました。
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みどりのかぜ 第222号

『 医学の進歩 』
T様


(1)しばらくぶりに入院し驚いた事
 腰椎の手術後五日目に起き上がり一ヵ月位で退院。私は腰椎の手術を二度受けております。手術の時間は六時間以上、ギブスベッドに三ヵ月、ベッドから起き上がれるようになったのは退院七日前、食事もベッドで何がのっているのかも見えず、医学の進歩を肌で感じました。

(2)感じた事
 病院の先生、看護師さん、看護助手さんたちのやさしさ、働きぶりを見ていて感心しております。リハビリで生まれて初めてプールに入りました。歩いた後は足の痛みがすっかり取れ良かったです。リハビリ室の皆さんがとても優しく、よい雰囲気でした。宮武先生の「転ばないでつまずかないで」のお言葉、肝に銘じてがんばります。と、言いつつ退院してすぐに転んだりして!

(3)病室で偶然一緒だった方
 偶然四人での共同生活。同年齢で楽しいお話、美味しいおやつと賑やかでした。皆さん退院なさり私も十五日退院予定です。本当にお世話になりました。しばらくは仙台におり、正月過ぎに下田に帰ります。皆さん落ち着いたら是非下田へいらして下さい。

(4)美は見る人の目の中にある
 美は見る人の目のなかにあると言います。醜い考えを廃し側にいる人に愛を施し、思いやりのある行動をとっていれば、それを見る人の目にはあなたの周囲が「美」に満ちていると映るでしょう。
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みどりのかぜ 第222号

『 人生七十三年目で 』
第5病棟 A様


 五十年前に漁船で右膝を負傷し一ヵ月程通院で治療しました。完治しないまま仕事を続け、二十年程前には共同作業中に悪い方の右膝をかばって左膝を負傷する事故に遭い、病院で治療したものの仕事を休むわけにもいかず、仕事の合い間をみては治療院や接骨院に通いましたが、完治せず二十年程経過しました。
 ついに痛みに耐えきれず「人工関節」の手術を受ける決意をし、仙台整形外科病院で川又先生に相談しました。私が考えているより先生の説明は厳しく、一時は止めようとも考えました。しかし、今までの痛み苦しみを考えればどうなっても良い、という思いで手術をお願いしました。
 二回目の自己血貯血そして本入院(九月二十三日)検査や麻酔、手術などについての説明を受け、九月二十八日左膝人工関節置換術及び骨移植術を受け、手術は無事終りました。術後麻酔がきれてから十日ほどは痛みもありました。先生には「寝てばかりいては駄目、足を動かしなさい」と言われ、自分では頑張っているつもりでも先生から見れば不十分だったのでしょう。
 痛みも少しずつ緩和してきたので、ベッドの上で一日中足の曲げ伸ばし、5階回復期リハ病棟(術後十八日目)に移った頃から良くなり、少しは杖なしで歩けるようになりました。先生も笑顔で話してくれるようになり、手術をして良かったと思っています。右膝の手術についても話しをしてくれました。厳しい怖いと思っていた先生は実は優しかったのです。先生に来春また手術をお願いしようと思います。
 人生七十三年目で初めて入院、手術を体験しました。主治医の先生はもとより手術に当たられた先生方、リハビリの先生、スタッフの方々ありがとうございました。そして4階、5階病棟の看護師さん達は、マスクで口元が見えないが優しい言葉で話してくれて、我がままに応えてもらい感謝しております。
 来週退院できると思いますが、来春もお世話になります。その節はよろしくお願い致します。
 大変お世話になりました。
 乱筆乱文にて
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みどりのかぜ 第222号

『 大きな心の窓 』
K様


 仙台整形外科病院に入院し、はや一ヵ月を経過した。
 外来患者及び入院患者の声(投稿)に、つぎの内容が目についた。外来患者の声には、受付後から診察までの待ち時間が余りにも長い不満の声が投稿され、病院経営まで言及する厳しい意見があった。
 投稿されている患者さん、貴方は病院の医師の数、個々の患者の診察に要する時間、受診者の数などを見ての意見ですか?
 仙台整形外科病院は腰痛などの治療患者が多く見受けられ患者個々の病歴、症状、痛みの状況、治療の方針、入院及び通院などの判別を一人一人診察している実態を見て、二〜三時間超えの待ち時間は当然であると判断すべきではないでしょうか。もう少し病院側の実態を考慮する気持ちと、ゆとりを持って頂けないでしょうかと言いたい。
 入院してみて感じる医師、看護師他のスタッフの勤務は、過密スケジュールと超勤が実態であることが分かるほど、一生懸命患者の治療に専念していただいてると感じる日々である。
 入院患者の声に食事がまずいとか味がうすいとか・・言いたい放題である。低料金の食事代、万全な衛生管理、患者の症状に合った献立、計算されたカロリーなど、栄養師さんが苦労されて献立し、厨房スタッフの努力により支えられ、食事が術後の体力回復の源になっていることを忘れていませんか。高額な料金を支払い、レストランで好きな食べたい食事をするのとは、全く別であることを理解すべきではないかと思います。私は毎日感謝し美味しくいただいております。
 更に看護師の挨拶についての投稿がありました。看護師さん一人一人が患者の治療支援と術後管理などで、二十四時間体制で親切丁寧な対応と痛みを和らげる対処をしていただき感謝するのみであります。
 投稿された患者さん、挨拶は相手からされるものと勘違いしていませんか。自ら声掛けし相手に通じれば、どちらが良いとか悪いとかの批判めいたことは起きないと感じます。
 自分が相手の気持ちを受け入れる寛容な大きな心の窓を開いては如何ですか。
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みどりのかぜ 第222号

『 153日の入院生活 』
第3・5病棟 J様


 六月末の朝、突然足腰に激痛が走って自力で起き上がれなくなり、介護タクシーで仙台整形外科病院を受診。診断は「腰椎椎間板ヘルニア」で安静が必要とのこと。即入院でした。直後の二週間は地獄でした。痛みとの闘い。痛み止めは全く効かず、夜は全く眠れず、ひたすら唸っていた記憶しかありません。いつの間にか尿の管が入り、寝たきりの状態でした。二週間が経過して何とか歩行器が使えるようにまでなりましたが、仙骨孔ブロック、神経根ブロックを何度か行ったものの全く効かず、入院から二ヵ月で手術を決意しました。「これで痛みから解放される」そう思って手術が終わり、麻酔から覚めたものの・・・それから本当の闘いになっていたのです。
 実は私はごく稀な「外側ヘルニア」で、一般的なヘルニアに比べて痛みも治りも悪く、足腰の痛みが取れるのか不安でした。痛みが取れないまま病室は3階から5階へ移動しました。そんな不安を解消してくれたのは同じ入院仲間でした。話し好きの方が多く、私のような「独特の訛り」のあるものでも、気さくに話してくださいました。十七歳の高校生から八十二歳の方まで色々な年齢層の方と話させて頂くことが出来ました。 入院期間中仕事では味わえない貴重な経験をさせて頂きました。苦手だった読書、病棟の窓から空を眺めたり、喫煙所での勢力分布の人間観察、食後の散歩が日課となり、5階病棟では3階病棟で経験できなかった「折り紙」や「雑巾縫い」などのリハビリもあり、この経験が精神的な不安を取り除いてくれたような気がします。
 気が付けば病院で夏を越し、誕生日を迎え、秋も越し、冬の季節になっていました。
 痛みも思うように取れず仕事復帰はまだ先ですが、一日でも早くもとの生活に戻れるようリハビリに励みます。
 皆さんありがとうございました。
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2009年11月20日

みどりのかぜ 第221号

『 腰痛と我が人生 』
第5病棟 K.H様


 私は今回三回目の腰痛による入院、手術をしました。
 最初の手術は「腰椎椎間板ヘルニア」40年前(20歳代)。二回目の手術は「腰部脊柱管狭窄症・ヘルニア合併症」17年前(40歳代)。その際は佐藤院長先生(東北労災病院勤務時代)にお世話になりました。三回目は仙台整形外科病院で「腰部脊柱管狭窄症」の手術をうけました。
 術後は痛み、痺れも全くなくなり、大変楽になりました。今はひたすら退院に向けて筋肉の脱落部分の回復を目指し、リハビリと共に筋肉痛と戦っております。
 9月3日入院以来10月末日までの二ヵ月間、佐藤院長先生、高橋先生をはじめ、第3・5病棟の皆々様、又リハビリのスタッフの皆様には大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。
 又、共に病院生活を過ごした皆々様には日々の励ましや助けと支え合い、更にたわいもない話や、その触れ合いにより楽しく過ごすことができました。
 私事ですが、現職時の職業は「ストレス」のたまる機械系技術職でした。現在は「ものづくり人材育成アドバイザー」という長い職名を拝命し(厚生労働省委託業務)、熟練技能者を講師団として、若い技能者の育成を目的とし、宮城県内の企業及び職業訓練校、工業高校などへの訪問を致しております。
 私の人生においての敵である「ストレス」。その解消法は、登山、カメラ、自然観察、魚釣り、盆栽などと趣味は多彩である。特に登山は私にとって四十五年間にわたって健康のバロメーターでした。登山の際は目的の山々と共にその付近の名物を食べ、名所や温泉巡りなどを同時に楽しんでおります。
 更に、今回までの「腰痛手術」においては、私の登山人生のバロメーターになっております。
 当初の登山目標は「日本百名山」登破でした。二回目の手術後は「日本百名山」登破は中断し「東北百名山」にトーン・ダウンを致しました(現在30登破)。今回においては未登破の「東北百名山」は不可能になりました。従って何時の時点かで再挑戦するとして、まずは「里山巡り」に目標を下げ、更に時間をかけて体力作りに励んでいきたいと思っております。
 皆々様本当にありがとうございました。
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みどりのかぜ 第221号

『 初めての入院 』
第3病棟 H様


 跳んだり走ったりが上手く出来ない、階段を降りる際に足がガクガク震えるなどの症状で診察を受けた結果が頚髄症。神経が圧迫されているので脊柱間を拡大する手術が必要ですとの診断!「そんじゃお願いします」と条件反射のように答えてしまったけど、家に帰り一人になると一ヵ月の入院生活、手術のこと、離婚したばかりで付添いはどうしようかと、いろいろな不安が駆け巡ります。
 あれから一ヵ月、どうなりましたか?って。いやー何とかなるもんですね。いざ入院してしまったら一日一日が早い!あっという間に手術も無事終わり、退院という二文字にも手が届きそうな所まで来ました。
 今年で四十五歳、リセットの歳と捉えて、また人生後半がんばっていきたいと思います。
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2009年10月20日

みどりのかぜ 第220号

『 初めての入院 』
第4病棟 T.S様


 前十字靭帯損傷による手術で八月に入院し、約一ヵ月間お世話になりました。
 手術も無事に終わったものの、自分が思っていたよりも不自由で一人では何もできず、看護師のサポートにより快復へと向かいました。
 病院生活に慣れた頃には、食事の放送がなる前に口にした食事や、トイレでバランスを崩し呼び出しボタンを押したことも、一つの思い出になりました。
 朝日で目覚め庭を見下ろすと近所のおばさんが煙草を拾いに来るのを見たり、日中はリハビリの合間にテレビで観戦する高校野球、夜はKスタから打ち上げる花火を病室の人達と窓越しに眺めるのが毎日の日課、そして会話が弾み一日(八月)が終わる。
 朝夕の散歩に薄手の長袖が必要になった九月、いよいよ退院(卒業)。
 川又先生・スタッフの方々、いろいろとありがとうございました。
 皆様の一日も早い快復を願いつつ病院をあとに…
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みどりのかぜ 第220号

『 夏のおもいで 』
第3病棟 S様


 いやはやこの展開は予想外ですな…。この病院で夏を迎え、蚊に刺され、秋を迎えることになろうとは…。
 しかし、この病院に入院できたことで二つ、かけがえのないものを得ることが出来た。この二つをこの先私の人生で大切にしていくことだろう。
 その一つは、私の腰に埋め込まれている四本のボルトである。私は「第5腰椎分離すべり症」と診断され、仕事の関係から完全完治を目指し手術を決意した。すべっている腰椎を固定するため、四本のボルトで固定し、さらに骨盤からもってきた骨を埋め込むことですべりをなくしたので、安定した腰になった。これも院長先生はじめ高橋先生、看護師、看護助手の皆様のお陰です。本当に有難うございました。そして、このボルトは一生外せないとのことなので、ボルトと共に様々な苦難という壁を乗り越えていこうと思う。
 もう一つのかけがえのないものとは、この病院だからこそ知り合うことのできた全ての人達である。何故なら、私が入院しなかったらそもそも出会うことすらなかったのだから。出会いとはタイミングである。そして出会いの数だけ人は学び成長できるのだ。私はここで大きく成長を遂げたと自負している。
 様々な症状を持った患者さんと色々な話をし、いかに自分が井の中の蛙であったかを知ることができた。また退院後も仲良くしていける人達に出会うことができ、この病院に来て本当に良かったと思う。出会いの大切さを改めて知ることの出来た貴重な三ヵ月だった。
 最後に、私の我儘などを嫌な顔一つせず、笑顔で接してくれた看護師、看護助手の皆様、私の治療に対する疑問や悩みを親身になって聞いて下さった高橋先生、ゴッドハンドで私の腰を治してくれた院長先生、私のために忙しいなか見舞いに来てくれた方々に、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
 P・S 腰のボルト飛行機に乗る時ひっかからないといいなぁ。
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2009年09月20日

みどりのかぜ 第219号

『 思いはフィリピンへ 』
第5病棟 A.K様


 1936年、我が家の直ぐ近くに聖ウルスラ修道院が創立され、カナダからシスターが来られてミッションが始められました。
 近所の子供たちを集めて宗教の勉強、またピアノ・フランス語・英語・タイプライターの個人レッスンを始め、ミッションは徐々に充実してきました。
 一人のシスターが田を耕し畑仕事で野菜やジャガイモなどを植え、その後台所に立って料理、掃除、洗濯など、かいがいしく働く姿は子供心に尊敬したものです。そして私も将来あのようなシスターになりたいと思うようになりました。高校を卒業して進路を決める年、両親とも話し合い函館に創立された聖ウルスラ修道院に入会しました。自分の望む通りの家事について働くことを選びました。
 こうして40年働き1989年、フィリピンにミッションを開くことになり、三人のシスターとフィリピンに渡りました。初めての海外生活で習慣・食事・言葉に悩まされながらも楽しく日々を過ごしてきました。
 20年のミッションを終えて日本に帰ることになりました。その矢先、飼い犬にじゃれられて転び大腿骨骨折、ダバオの大きな病院で手術を受けリハビリのため日本に戻りました。三年前膝関節の手術でこの病院にお世話になったので、今回も迷うことなく仙台整形外科病院を選びました。玄関を入るなり昔馴染みの看護師さんたちが、いつもと変わらぬ微笑で迎えてくださったことに喜びを感じました。
 自分が過ごした20年のミッションの中で、一番心を打たれたことは子供たちの姿です。言葉が通じない仲であっても子供たちの表情を見ていると、何を望んでいるか察することが出来ます。学校に行けない子供たちがたくさんおり、毎日の食事のために彼らは空き缶を拾い集め、それを売ってお米を買い生活の足しにしているのです。この子供たちを思う時、一日も早く回復しフィリピンに飛びたい、子供たちの目の輝きを見たい。こんな思いを抱きながら、リハビリに励んでいます。
 一日も早い回復を祈りながら…
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みどりのかぜ 第219号

『 病院は家族 』
第4病棟 I様


 今回で入院の経験をしたのは、お産を含めて四回目、手術は二回目ですが(赤ちゃんの頃を含めると三回目、でも覚えていない)病院には自分だけでなく、親や子供の入院を含めて何度となくお世話になっています。
 それぞれ病院は違いますが、いつもお世話になるのが看護師さんですね。点滴・注射・下の世話など、大変な仕事も嫌な顔を見せずにいつも笑顔でお世話をしてくださる。そして、患者さんが治そう治そうと努力する姿を、いつもかげで支えてくれる。母親のように!病院では患者は子供の立場、お医者さんは父親のような立場、そして看護師さんは母親のような立場みたいですね。
 今回入院し、10日間という短い期間でしたが、特に父母の愛をたくさん受けました。やさしい父親のような川又先生、宮武先生。やさしく時には厳しく叱ってくれる母親のような看護師さん。そして年が離れていても親しく話しかけてくださり、知らなかったことも教わりと兄弟姉妹のような病室の方々。特に第4病棟の男性患者さんたちは本当に仲のよい方々で、内科の病院では見られない賑やかさがありました。皆さん家庭を離れて何日も何ヵ月も入院生活を送りますが、この病院でもう一つの家族とそして友人との出会いがあるように思います。そう思うことで病の完治も早くなるのだと思います。
 短い間でしたが、たくさんの愛に支えられて明日退院します。
 ありがとうございました。
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2009年08月20日

みどりのかぜ 第218号

『 声かけひとつで 』
第3病棟 M.T様


 仙台整形外科病院に入院させていただき、本当に有難うございました。お陰さまで退院することが出来ます。
 車いすでおトイレや洗面をなさっておられる方を拝見いたしますと、一日も早い快方をと見知らぬ方でも願ってしまいます。
 以前私は他の病院に通院しておりまして、そこの方々の優しい声がけをとても嬉しく思っておりました。ところが此方にまいりまして、看護師さんたちのなんと固いことか!用件はきちんと伝えてくださるのですが、その他の言葉がありません。例えば「今日は晴れて気持ちが良いですね」とか「雨が降ってうっとおしいですね」とか、廊下でベッドを掃除している方に「ご苦労さまですね」と声をかけても何の返事も無く淋しい思いをいたしたことが何回もあります。
 お忙しくて一人一人に声かけも難しいのでしょうが、そこはそれ。プロなのですから、もう少し柔らかな声かけもあっても良いと思う次第です。
 患者はただベッドに居るだけですので、看護師さんの声かけ一つでその日一日とても良い日になるのです。そして入院生活も楽しく、病気や怪我もどんどんよくなって行くような、そんな気持ちにもなるのです。
 どうぞ一声かけてあげてください。
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みどりのかぜ 第218号

『 自分の不注意で 』
第5病棟 A様


 私の不注意です。私は大腿骨骨折でした。仙台整形外科病院に入院して、早いことに三ヵ月の生活となりました。
 院長先生はじめ、ナース・リハビリの先生方には大変お世話になりました。これからも、退院後も体を大切にして行きたいと思っております。
 本当に有難うございました。
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みどりのかぜ 第218号

『 何度もありがとう 』
第5病棟 S.U様


 私が最初に椎間板ヘルニアになったのは十九歳、その時は服薬と安静でヘルニアも自然消滅!
 再発しまいと生活していた昨年の冬から左足の激痛、次第に右足も痛くなり薬も効かなくなり、三月からブロック治療での入院となりました。
 3階の病棟に入院したのですが、ブロックの際に激痛でうつ伏せにもなれず、痛み止めの注射・点滴で意識も薄れて行き、激痛で涙ぐんでしまいました。その時、看護師さんが「がんばれ!!」と手を握ってくれたことがとても支えとなりました。
 その後一ヵ月で緩和し退院。けれども一ヵ月半後には左足の痛みがぶり返し手術となりました。術後は痛みも痺れも全くなくなり、夢のようで涙が出るほど嬉しいです。
 三月にお世話になった第3病棟の方々、そして今回お世話になった第4・5病棟の方々、そして徳永先生本当に有難うございました。
 三度目はなければいいなぁと思いつつも、少し淋しくもあります。
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2009年07月20日

みどりのかぜ 第217号

『 自分探し 』
第4病棟 K.S様


 五十歳を過ぎ何を言ってるの、とおっしゃる方もおられるかと思いますが、十三年も勤めたパートを辞め、何か自分に出来る事・自分に合った仕事と心悩んだものの、足踏み状態で一年が過ぎこの入院となりました。
 膝の半月板損傷です。不安で一杯でしたが、先生に出会い、看護師さん達に出会い、幸いに手術も無事終わり直ぐに歩けて、ビックリしました。皆様に感謝です。
 家に帰っての生活がはじまり、また何をしようかと悩むことと思いますが、今の自分は前と違うように感じています。この入院体験とゆったりとした時間と、先生、看護師さん、同じ病室の方々、そして同じように手術をされた方々との出会いで得たこと、自分が感じたこと、そして、自分というものに気づかされたこと、本当にありがとうございました。
 人に優しくして損はありません。人の話を聞いて無駄はありません。我を捨て頑張れる自分を発見できたかも?
 かわいく年を重ねようと思います。我が人生にGO!
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みどりのかぜ 第217号

『 今後の自分 』
第4病棟 H.M様


 無事退院することになりました。入院生活では多くの人と会話ができ、元気付けられました。私は消極的な性格で、仕事面でも生活面でもうまくいかず、人が苦手で「自分は人と会話するのが駄目だ」と暗い考えでいました。しかし、入院して自分から話しかけ少しずつ良くなっています。
 私の一番の目標は「怪我の完治」そして迷惑や心配をかけた家族や親戚に元気な姿を見せて、少しでも早く社会復帰ができるように頑張ることです。
 今まで有難うございました。
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みどりのかぜ 第217号

『 入院して 』
第5病棟 Y.S様


 6月1日から7月9日までの入院生活、お世話になりました。
 自分の病気は「脊髄腫瘍」というもので、実は五年前にも発症しています。その時もこちらでお世話になりました。
 五年前は高校生で、術前も術後も他の患者さんとは殆ど話しもせず、塞ぎ込んでいたと思います。今は社会人となり口下手ですが、少しずつ話せるようになったと思います。
 同じ部屋の人や看護師さんと話してみると、皆良い人ばかりでとても充実して楽しい日々になりました。
 明日退院する自分ですが、正直ちょっと淋しい気持ちがあります。でも、あの大変な痛みから解放していただいた今、大切に毎日を過ごして行きたいと思います。
 親切で元気一杯の看護師さん、手術時安心してお願いできた先生方、本当に有難うございました。
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みどりのかぜ 第217号

『 おくる言葉 』
第5病棟 S様


 みどりのかぜ・・せせらぎ
 人生五十年の言葉古いこと。今は「五十」「六十」花なら蕾、「七十」「八十」は働き盛り。「九十」にしてお迎えきたら「百歳までお待ちください」と言って追い返し、「百十歳」でこちらからぼちぼち参ります。「百二十歳」でご先祖様と相談してからにします!人生まだまだ。人生の門出、まだ頑張れます。
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2009年06月20日

みどりのかぜ 第216号

『 初めての入院生活! 』
第4病棟 A.O様


 4月1日から5月16日までの入院生活お世話になりました。
 3月29日の朝、目が覚めると同時に背中の肩甲骨辺りが、苦しい!妻に話すと「昨夜飲みすぎたから寝違えたのでは、左腕を頭の上に上げて寝ていたよ」と言われる。確かに昨日は飲みすぎた。
 農家組合の江払い作業を朝八時から一時間程したでしょうか。背中にヒック、ヒック≠ニ痛みが走る!妻に背中へシップを二枚張ってもらい、何とかスコップ作業を終え、さぁー慰労会とコップを持ち飲み始めたが、背中が苦しい!正座をしてもあぐらをかいても座っていることが出来ない!時間だけが気になり時計に目は行く。背中が苦しい!我慢できない!「具合が悪いので失礼します」と帰宅する。妻からは病院受診を勧められるも、日曜日だし寝てれば楽になるだろうと簡単に考えたが、痛みは強くなり横になっていることも出来ない。風呂に入って寝たら楽になるかと三回も入るもだめ、ソファーに座ったまま夜明けを待った。
 早々妻と二人で総合病院を受診。診察室で問診の後、「専門医でないのでレントゲンもMRIも撮りません。痛み止めの薬しかだせません」とのこと。薬を三錠貰い帰宅。早速薬を飲んだが楽にならず、苦しみに耐えました
 この頃は千葉の娘が孫と二人で里帰り中、3月25日が孫の誕生日なので爺ちゃん・婆ちゃん・二人の娘と二人の孫がそろって写真館で写真を撮る約束をしていた時でした。
 近くの病院に2日通院し治療を受けましたが、痛みが増すだけで「紹介状を書きますから仙台に行ってください」との事。仙台整形外科病院に着き、問診・レントゲン撮影後、即入院となりました。とっさに手術と言う文字が頭をよぎりましたが、入院後のブロック治療の効果か、回数を重ねるたびに楽になり、ブロック治療7回目が終了し退院することが出来ます。
 今は痛みも無くなり明日退院することに感謝・感謝です。親切で優しくしてくれた看護師さん、信頼できる先生!大変お世話になりました。
 同じ不安で病と闘う患者さん!希望を持って頑張ってください。
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みどりのかぜ 第216号

『 皆様へ感謝して 』
第5病棟 K.N様

 人工膝関節の手術をすると決心したのに、自己血貯血の時になって再度不安になり、先生には大変御迷惑をおかけ致しました。
 私や家族への説明でやっと気持ちも落ち着き、又看護師さんの力強い声がけ等で、安心して手術を受けることが出来ました。結果も良く、リハビリの先生には退院後の生活仕方や自主トレーニングの仕方など、親切に教えていただきました。
 「しゅみの会」では色んな折り紙作り、楽しかったですネ。特に「せみ」や「小鳥」等は孫へのお土産になりました。まだまだ入院していたい気持ちです。
 これからは足を大切にしながら、旅行や好きな習い事をしながら、色々楽しい日々を過ごしたいと思います。
 『川又先生!本当に手術をして良かったです』有難うございました。
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2009年05月20日

みどりのかぜ 第215号

『 入院して・・・ 』
第3病棟 S.S様


 県内の某病院で看護師をしている、今年三十四歳の男性です。
 年甲斐もなく病院行事ではしゃぎすぎ、左膝前十字靭帯損傷で当院に3月8日入院、9日に前十字靭帯再建術を受けました。術後一日目の夜、準夜の看護師さんに連れて行ってもらったトイレ、膝の痛みがひどく挿入して頂いたボルタレン坐薬・・・。看護をされる身になり少し恥ずかしかったですが、大変有難かったです。
 お陰さまで4月4日に退院することになりました。退院後は無理せず地道にリハビリを行い、少しでも早く大好きな馬乗りができるように・・馬が恋人ですがそろそろ人間の恋人も出来るよう努力します。楽しい入院生活を過ごす事ができ、感謝しております。
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みどりのかぜ 第215号

『 成長していく自分 』
第4病棟 H.M様


 私は、入院をした事により多くの成長をとげた気がします。
 ある日、自転車で職場に向かう途中、80キロのスピードを出した車に轢かれ、20メートル飛ばされ救急車で救急医療センターに運ばれました。先生に左足と腰椎破裂骨折と言われ、私はその時泣いてしまいました。不安や痛みもあったかもしれませんが、何よりも家族に心配をかけた事に関して泣いてしまい、涙が止まらなかったです。
 一番に親に言ったことは「ごめんなさい」でした。その日は母がずっと側にいてくれて親の有り難味がよく分かりました。
 自分は独り立ちした事も無く、ずっと親と暮らしていたので甘やかされて育っていたため、今回深く親の有り難味を知りました。入院して元気のない私に、見舞いに来てくれた時もたくさん元気づけられ、本当に感謝の気持ちで一杯です。
 他人に話し掛けるのも苦手な 私ですが、入院をして少しずつ人とも会話できるようになり、本当に少しずつですが、自分が成長しているように思います。
 今思うと、入院していなければ分からなかったと思います。
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2009年04月20日

みどりのかぜ 第214号

『 外は快晴、俺は男性 』
いつものように慣れない韻をふむ

第4病棟 K.M様

 エレベーターで一階へ降りる。まだ朝早いのに患者達が物思いにふけっていた。俺はしばらく話しをしてから4階ヘ戻る。ナースステーションを一望する。
 今日もKさんは元気だ。Kさんの抱いている人形を不憫に思いながら、病室へ向かう。
 病棟で尊敬するNさんとIさんに会いに行く。Nさんはいつも戦後の話をしてくれる。Iさんは病院内のことや、バブルがはじけた頃の話をしてくれる。二人は俺の大好きな武将だ。
 部屋に戻ればHさんとAさんが、ためになる話を聞かせてくれる。分からない事も多々あるが心に染みた。
 病院内で看護師に出会えば、気さくに話しかけてもらえる。入院生活は初めてだったが、これほどアットホームなものだとは思わなかった。
 いよいよ今日で退院となる。皆に挨拶をする。視界がかすむ。何故だろう?目から水が出る。しょっぱい。上を向く。どうしてだろう?涙は流れて止まらない。徹夜して考えた退院の挨拶も忘れてしまった。安っぽい言葉が嫌いだ。
 「 ありがとう 」
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みどりのかぜ 第214号

『 感謝をこめて 』
第3病棟 K.T様

 私は二日後に退院を迎える女性高齢者。一月末から二ヵ月間の入院。心から感謝申し上げます。
 八十二年の人生で五十年間は、農家の主婦として元気に働き、入院の経験もなく点滴さえも初めてという頑強さでありましたが、それが過信というものであったかも知れない、というここ二年間の反省を込めての入院でした。
 入院以来とても心に響いたことは、この病院のやさしさでありました。病状や治療の方針をとても解り易く御説明くださる先生方、いつも優しい言葉と対応で患者の苦しみ痛みを和らげて下さる看護師の皆様、声のトーンがとても良いと感じました。
 食事担当の栄養士の方も病室まで聞きとりにおいでになり、心配りの行き届いた食事を頂き、清掃担当の皆様も毎日礼儀正しく、とても有難かったです。各担当分野で精一杯頑張っておられる姿を毎日目にしました。
 今、難しい社会世相の中で、ともすれば不平不満を声だかに言い募るのを目に耳にすることが多いのですが、世界で十指に満たないと言われる国民皆保険制度を実施しているこの国で、病院にとりましては充足した制度とは言い難いものではありましょうが、私は患者として二ヵ月も入院し、退院後の不安もないほどの治療を受けることが出来ました。保険制度の恩恵を心から感謝すべきことと思っております。
 患者同士の生活はとても明るく楽しいものでした。「水分は充分とるように!」を良い口実に「水分補給を始めましょう」とお茶の会、各地の名産や腕自慢のおやつなども並び、作り方の講習会と発展いたしました。
 若い患者さんとのおしゃべり会は楽しく、世代の違いから学ぶことも多くとても有意義でした。
 今後、この二ヵ月間の生活を噛みしめながら、残りの人生を元気で楽しく生きて行くつもりでおります。
 最後に、先生方の御健康とスタッフの皆様の笑顔と優しさがいつまでも続きます事を、心からお祈りし感謝の言葉といたします。
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2009年03月20日

みどりのかぜ 第213号

『 年令相応に… 』
第3病棟 N.H様

 私はゴルフが趣味で、定年後も週二回はプレーをしておりました。最近年令と共に飛距離が落ち悔しい思いをすることが多くなり、今年のシーズンオフは徹底的に鍛えようとスポーツジムに通い、ジョギング、練習場での打ち込みを行って参りました。
 ところが十二月のある日、ゴルフプレー中に突然腰に痛みが走り「あっ!ギックリ腰やっちゃった」と軽く考えて、マッサージなどに通っておりましたが、一月に入って左腰から左足にかけて激痛が走り、殆ど歩けず横になることも出来ず、夜は座ったまま眠るという状態になった為、一月十三日入院しました。翌日から兵藤先生による神経根造影・椎間板造影ブロックの治療受け、痛みが軽減し、一ヵ月程して仰向けに寝ることが出来た時は、本当に嬉しくて感激致しました。その後リハビリと歩行訓練で歩く事が出来るようになり間もなく退院を迎えます。
 これからは「過ぎたるは及ばざるが如し」を胸に、年令相応の無理の無い運動を行い、生涯スポーツと考えているゴルフが続けられる事を願っております。
 最後に一生懸命治療をしてくださった先生、理学療法士さん、肉体的には相当激務なのに何時も明るく元気にケアしてくださった看護師さん、看護助手の方々、その他のスタッフの皆さん、本当に有難うございました。感謝の気持ちで一杯です。
 皆様の健康とお幸せを祈って。
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みどりのかぜ 第213号

『 病室の窓から… 』
第3病棟 M.S様

 「見あげてごらん空の星を」と九ちゃんが歌いました。それを思い出し西側の病室なので西側だけの景色ですが素晴らしいです。切ない体を起こして見ると、空が180度見えるのです。(普通は道の広さだけなのに・・・)
 朝日が昇ると太陽が輝き、目の前のアパートの窓が下から順に輝き、太陽に光を放し上の白い部分が銀色に輝くのを見ていると、今日も一日がはじまるぞと思います。
 そのうちに看護師さんの「六時半です。おはようございます」との声がしてふと我に返るのです。
 夜になると、右より泉のスキー場に火が灯り、中央に三本のテレビ塔が「白」「オレンジ」「緑」に光り、明日の天気予報になっているのだそうです。左を見ればマンションの灯りが点々と輝き、家族の団欒が見えるようです。
 その前のサンセットが素晴らしいです。遠くの蔵王連峰に沈む夕日が素晴らしいです。毎日見れるわけではなく「今日はどうかしら?」と空を眺めます。そのうち夜の一番星が輝き、群青色をした空に三日月が出ると、もーたまらないのです。自然でいいなーを感じます。
 床に伏せっている方、看護師さんも少し手を休めて見てください。もうすぐ退院、この景色が見られなくなるのはうれし悲しさで一杯です。
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2009年02月20日

みどりのかぜ 第212号

『 退院してから… 』
七ヶ浜 S.H様

 平成の時代になってから早いもので二十一年目、一月も月半ばとなりました。私も退院してから早いもので一ヵ月となります。
 退院してからは地域の皆さんのお世話をしながら、二回ほど総会等を開き、忙しくすごしております。皆さんの話を聞きながらも昔から言われているように、親は子に、子は親に従うがごとく、自分にはできない事は若い方にお任せしております。
 暇な時は自宅より浜辺までリハビリをかねて歩いております。入院中は、日夜看護師さんが笑顔でお世話をしてくれるのが一番楽しみでした。入院中たくさんの患者さんと巡り会え、家族のように過ごせたことを楽しく思い出します。
 毎日潮風に向かって、歩きながらリハビリを続けていきます。入院中の皆さんも、先生方・看護師さんに支えられてがんばって下さい。
 入院中のお世話に感謝して…
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みどりのかぜ 第212号

『 ありがとうございました 』
第3病棟 S.T様

 「痛い!」「痛い!」と夜も眠れず十二月。「もうだめです。私、何もできないので実家に帰らせていただきます。若い嫁さんをもらって、お幸せに!」とまで言ってしまいました。
 こちらの病院まで夫に連れてこられ、車の中で「絶対治るから」と励まされました。なんて優しい夫なのでしょう!(のろけ)
 診てくださった先生も、「あら、ステキ!」でもごめんなさい。ブロック注射の痛さにわめいてしまいました。
 しかし、その痛さも次第に薄れ、痺れも取れ、手術なしで帰宅できます。看護師の皆さんやリハビリの先生方がやさしく励ましてくださったおかげで、たくさんの元気をいただき、また同室の方々とも笑いがたえず、とても楽しく過ごせました。
 本当に、ありがとうございました。
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2009年01月20日

みどりのかぜ 第211号

『 入院して思うこと 』
第4病棟 H様

 十二月四日入院、一日の時間がたつのは早いもので、十九日には体調も良く、先生方、看護師さん方の熱いお力添えに頭のさがる思いで頑張っています。看護師さんたちの愛情のこもった気持ち、本当に嬉しく思います。入院している患者さん方も、早く体調のよくなることを、重ねてお祈り申し上げます。
 新しい年月を迎えることを、昔のことわざで「一年の計は元旦にあり」又「笑う門には福来る」という言葉があります。これまで積み重ねてきた苦労を忘れることは出来ません。それでも何事も親にしがみつき、何でも出来ると思った事は誰にでもあるのでは?
 お陰さまで私の体調も良く、家の中を歩けなくはっていたことを思うと、涙がうかぶようです。
 言葉になりませんが、本当に有難うございました。
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みどりのかぜ 第211号

『 美味しくて体に効く食事をありがとうございました 』
第3病棟 C.H様

 「病院の食事って・・。」よく耳にします。でも美味しい基準は人それぞれ。人が美味しいと言うから食べてみたら、自分はそれ程美味しく感じなかったというのはよくあることです。
 私は病院の食事をとても美味しく感じました。薄味で野菜たっぷり。毎食楽しみでしたし、全て完食でした。手術後麻酔のきれた後の夕食も完食した程です。よほど私の体に馴染む食事だったのだと思います。
  「食」は人を良くすると書きますが、食事って実は美味しい薬だと思います。食事は本物の薬程の即効性はありませんが、じんわり、じんわり効いてきます。私の手術後の快復は、先生や看護師さんのお陰であることは勿論ですが、毎日の食事を考える栄養士、作ってくださる調理師さんのことを忘れてはならないと思っています。
 又、私の食物アレルギーにも配慮していただき、感謝の気持ちで一杯です。お世話になりました。
 ありがとうございました。
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みどりのかぜ 第211号

『 長期休暇 』
T.A様

 どすん$Kもちをついたとたんの出来事で、目の前が真っ暗。腰が抜けて起き上がれない。押し寄せる痛み。私の沖縄の海岸での出来事。友人と共に先にホテルに帰り、ベッドの上。仕事は?家族は?走馬灯のように頭を不安が駆け巡る。
 自宅に着いた時「助かったー」の一言。翌日早速病院へ、即入院。「圧迫骨折」との事。日常当たり前に自分が出来ていた事が何も出来ず、見る物聞く物全てが新鮮。ベッド≠フ上で食事・トイレ・洗顔、看護師さんの手助けの生活は初めての経験でした。
 そして、お食事も心を込めて作ってくださる方達に心から感謝。いただきまぁーす#味しい小さいおにぎりを口にほおばりきゅっと#末。のしみ込んだ料理に舌づつみを打ち、食べるたびに有難さを感じ、命をつなぐ食に感謝の日々です。
 「大変でしょう、辛いでしょう」との皆さんのお言葉。いいえ、私はここが「天国」?全てが必然・必要だったのです。神様からのプレゼント・長期休暇と自分に言い聞かせ、楽しんでおります!
 あれだけの痛みも皆様のお陰で、随分と楽になりました。感謝でございます。
 医療体制の説明・診断した結果・これからの計画。詳しく説明して頂き、自分で何が出来るか、どこが大事か、さりげない会話の中で良いところをキャッチ。自分の為に生かして行くつもりです。
 今日の行動の結果は明日現れる。それを目標に今日も又顔笑(がんばり)ます。そして感謝の日々です。
posted by 仙台整形看護部 at 00:00| みどりのかぜ 第211〜222号 2009年